布団がもぞもぞと落ち着きなく動き出して、それでさとりさんが目を覚ましたのだと知れた。僕の方に体を向けて、僕が眠っていることを確認すると少しだけこちらに身を寄せた。
 「改めて考えると、凄い状況ね」 そう独りごちたさとりさんは布団に顔まで埋める。何処となく呆れたような声。「男の人と一緒寝に寝るなんて、今まで考えたこともなかったのに。昔の私なら絶対に信じないわね、こんなこと」 しばし沈黙。さとりさんが布団の中でもぞもぞしている。「やっぱり夢じゃない、わね。……ふぅ、あなたが来てからというもの、何もかもが変わってしまったわ。ここでの生活と、私。今日に満足して眠ることも、明日を思い描くこともなかったものね。それが今では」 むず痒そうに言葉を閉じる。「全部あなたのせいよ? 本当に酷い人ね」 さとりさんは笑う。僕は眠っていて見ることはできない、さとりさんの自分のためだけの笑顔。ありがとうという吐息がさとりさんから漏れて、良い匂いだ。
 「どうして私は、あなたと一緒にいたいって思っているのかしらね」 さとりさんが問う。「ここまで誰かに興味を持つなんて今でも信じられないわ。しかも、こんな奥手な人相手に……。私だって恥ずかしいのに、どうしてこの人はそういうことまで私にさせるのかしら」 雲行きが怪しくなってまいりました。「私だって直接気持ちを伝えたりしなかったけれど、あなたの気持ちは読めていて、あなたもそれを知っていて開けっ広げにものを考えて」 間違いない、愚痴だ。「私のこと好きだとか、私といちゃいちゃしたいとか、私にいやらしいことをしたいとか、そんな思考をずっと読まされ続けてるこちらの身にもなって欲しいものです。しかも、好きな相手がそんなことを考えている。期待して当然じゃないですか。それなのにあなたときたら、やれ『僕は本当にさとりさんが好きなのか』だとか『さとりさんを都合のいい女にしたくない』だとか、奥手どころかヘタレじゃないですか。それでも待っていたらどんどん思考のドツボに嵌ってしまって」 うーん、言い返せない。でも、苦しかったのは本当なんだ。「仕方が無いから告白しようにも、私だって恥ずかしくて……お燐にいわれるままに色仕掛けなんかしちゃったりして」 ああ、そういう。お燐さんGJ、後で差し入れを持っていこう。「それだってなかなか吹っ切れてくれなくて。本当、恋愛ってうまくいかないものね。……確かにこれじゃ、変わってしまうのも当然ね」 そこまでいったさとりさんは一人で納得したようで、それから慌てて僕が起きていないことを確かめる。それから急に恥ずかしくなったみたいに僕に背を向けて、それでももぞもぞした揚句、布団から出てしまった。トイレかな? 部屋を出て行ったみたいだし。

 ……本当に、苦しかったんだ。さとりさんの気持ちに自信を持てない僕が、さとりさんを想うことは。けれども、さとりさんにはそんなこと関係なくて、大分やきもきさせたり、心配させたりしちゃったみたいだ。反省、はするんだけど、じゃあ僕は悩み損だったんだろうか。しかも、さとりさんにまで負担を掛けて。僕は僕の意志で、さとりさんを想って苦しんだ。それがさとりさんにとって不満なら、結果だけを見ればそれは僕の独り相撲だったということだ。僕の真剣さも苦しみも、結果には何の役にも立たなかった。でも、そうやって苦しんだり考え込んだりを「結果だけ見れば意味が無い」と切り捨ててしまって、本当にいいのかなぁ。僕の気持ちの意味って、どこにあるんだろう? 僕の気持ちに意味が無いなんて切り捨ててしまったら、人の役に立つかどうかで切り分けてしまったら、心なんてないほうが良いに決まっているのに。
 ドアが開く音がして、さとりさんが戻ってきた。トイレか水でも飲んできたのか。まだ僕が寝ているのを確認したさとりさんは、今度は寝まきを着替え始めた。ワンピース状の白いナイトドレスの胸元を解き……って、あれ、僕起きてる? さとりさん、こっち見てる? いつから? 

 申し訳ないけれど、こういうときどうすればいいのか分からないんです。