今日は元旦で、地底の中心である地霊殿には客が山のように訪れる。それはつまりその分だけもてなす必要があり、僕は今台所で皿を出したり片付けたりと諸々の手伝いをしている。さとりさんは地霊殿の主として朝から訪問客に掛かりっぱなしで、いつもなら四六時中一緒にいるのに、今日はまだ顔を見てすらない。そして僕は、さとりさんが傍にいないだけで酷く不安な気持ちになる。
 ぶっちゃけた話、地霊殿で僕に価値を認めているのはさとりさんだけだったりする。ペットたちは僕のことを「さとりさんお気に入りのペット」くらいにしか認識してなくて、一部からは疎まれてさえいる。おまけに体のスペックが根本から違うものだから、ある意味常に命の危険にさらされているような気がしている。さとりさんは「そんなことないわよ」と言ってくれたけど、結局僕の怯えは消えなかった。さとりさんそんな僕に秘書的な仕事を与えてくれて、四六時中一緒にいる理由を作ってくれた。「さとりさんの目の届くところなら大丈夫」なんて、そんな根拠のない安心感は根拠のない不安を打ち消してくれるものだから、もっとさとりさんの役に立とうなんて張り切って、ただたださとりさんに甘えまくっていたのだった。

 その日初めてさとりさんを見かけたのは、昼前のことで、座敷に食事を運んでいるときだった。座敷には鬼をはじめとして、地底の妖怪の重鎮たちが大勢いるように見えた。そしてその一番奥に、振袖姿のさとりさんがいる。墨染めの黒よりも透き通った地に四季折々の花が散りばめられた振袖と、薄緑の刺繍に彩られた可愛らしい蝶文庫結びの帯、癖っ毛で伸ばせないのだといつもぼやいていた髪はトップが長めのウルフカットでまとめてあって、いつものスモックみたいな可愛らしい感じとは全然別の、美しく威厳に満ちていて、そしてどことなく他所他所しさを感じるさとりさんだった。それが何だか怖くって、お燗番さんに酒を渡したり食器を片したりして、ふとさとりさんと目が合っても目を逸らしてしまったりと馬鹿なことばかりやっていた。

 宴会は延々と続き、未だ飲み続けている者もいれば、帰った者もいた。そして当然酔い潰れた者もいるわけで、僕はそんなひと達用の寝室の準備をしていた。布団を敷いて掻巻を出してとかやっていると、突然襖が開いて、不機嫌そうなさとりさんが入ってきた。僕はさっきから委縮したままで、気遅れと言うか、何かさとりさんを困らせるような失態をしてしまったんじゃないかとか考えたり、口をパクパクさせるくらいしか出来なくて、ずんずんと迫ってくるさとりさんの迫力に思わずたじろいでしまう。というか、さとりさん普通に怒ってらっしゃります?
 「待てども待てども来ないと思ってましたら……」上目遣いで目に涙を溜めたさとりさんマジ可愛いんですが、それはそれとして何か底知れぬ迫力ががが。「来たら来たで、自分には無関係と言わんばかりに配膳なんかしてて……」あ、今気がついたんですけど、ひょっとしてさとりさん、酔ってらっしゃいます? 「それが何か?」 いえ、何でも御座いません。「……分かってますか? あの後、恋人に逃げられたって散々からかわれて」 え、あの、その。「何か問題でも?」 いや、その。「反省の色がまったく見られない。これは少々痛い目を見てもらわねばなりませんね」 さとりさん、何でそんなに楽しそうなんですか。
 そうして押し倒された僕は、上に乗っかったさとりさんにパクパクとしたままの口に指を突っ込まれ、舌から歯茎から好き放題口の中をねぶりまわされて。さっきまで威厳に満ちた振袖のさとりさんは、今ではもはや妖艶と言う他なく。ねぶりまわすのに飽きたのか、今度は引き抜いた僕の唾液まみれの指を美味しそうにほうばったりしててもう辛抱溜まらんわけです。あ、涎こぼした。折角の振袖が染みに……。「そんなこと、今は関係ありません」
これは一体何の御褒美なのかー。